●37w3d あと1日 ざっと妊娠総括(前半分)
・2004年、鬱で生理が止まってたのでむかついて婦人科受診。第2子はほしかったので。まじめに基礎体温。結果無排卵傾向も強いことがわかり、まず漢方と生理起こす薬と。自分的に今、この今に次の子供を迎えたいという勢いが強く、気長に待ちたくなかったので、排卵誘発剤を処方してもらう。エコーでは卵胞の育ちがあんまりよくなかったが、無事妊娠。というわけで不妊治療をしての妊娠であり、排卵日受精日すべてはっきりしております。よって予定日も即5月12日と決定。
・胎嚢の育ちはものすごくよく、ほんとにぴちぴちの受精卵だなあという感じであった。いつもまんまるな胎嚢で、しかもすごく広い部屋を持っている。生命力の強さがわかった。
・4,5週ですぐにつわりが始まった。はじめは、とにかくめまいがひどく、立っていられない。次いですぐに吐くようになる。吐きつわり6割食べつわり4割。今、このつわりについての記録を書くだけでまた目が回って吐きそうになる。このつわり時期に撮った写真などを見ることができない。思い出すのよ。仕事どころでなくなり、2週間休職。漢方だの点滴だので対処するも、気休め。つわり時期は吐き気めまいだけでなく、ほんとに異様だった。臓器移植の後の拒否反応ってこんな風になるんじゃないかと思った。38度毎日熱がでたり、腕や脚を引きちぎりたいほど体中すべてが気持ち悪くなったり。痛さともかゆさともまた違う違和感。文字通り、のたうちまわっていた。
・の、つわりの最中に(中略)いろいろ衝撃を受けるが、その後妊娠全期間を経て考え直すことができ、自分にとって安穏に仕事はしてられないという危機意識を持つことができた。ここから、仕事に対する意識がまた変化し、あと会社に依存せず如何に自分自身に能力を身につけそれをセルフプロデュースできるかが大切かと考え始める。ここから、結果的に、今後の自分の将来に対する目標を定めることができた。とりあえず第2子が公立保育所に入れるまでは(中略)、自分の能力をもっともっと身につけて、羽ばたきたいです。
・で、2週間で復帰したが、(上のことがあり首になるわけには逝かなかった)
行き帰りの車にはゲロ袋を下げ、ときに道端で大きな声でえづき、
職場ではトイレを占領し、どうにも止められなくてフロアにゲロゲロしてるえづく声が響いていました。みなさんすいませんでした。
蛍光イエローのゲロがよく出てました。
・なんだかんだいって妊娠6ヶ月くらいまで吐き、7ヶ月入るまでつわり感覚は残っていました。
・つわり止めのリリーフバンドを買おうとしたり、つわり止めに効くと言うツボに刺激をしたりしてました。効果は疑問。
・妊娠4ヶ月あたりからイボ痔出現する。その後、つわりと並び妊娠二悪となる。時間経過とともに悪化する。痛い。痛い。痛いんだよ…
・つわりとゆげじの病気などで有給がゼロになり、月9回の休みだけしかとれませんでした。とにかくだれにもとやかくは言われないよう、やけになってがんばってたら、それほど苦にならなくなりました。がつがつ出勤しました。
・妊娠と並行してマンション。無謀と思われた。(自分でも他人に対してならそう思う) 鬱回復直後だので主治医大いに心配。が、自分では精神が劇的に変化のあった頃で、あまり憂慮しない。
・妊娠15週あたりで張りやすさを感じるようになり、以後ウテメリンを飲み続けることとなります。ゆげとちがう張りやすさは、最後まで続いています。
・つわりと仕事こなすようになり、だんなの仕事のピークもあったが、乗り越える。ちょっとだけ、前より家事がこなせるようになった。
・仕事はつわり期以外、ペースを落とさずできた。しっかり育ってくれた第2子や、家が崩壊しきっても文句を言わずのんびりしてたダンナ、2歳半からどんどんしっかりしてくれたゆげじさんのおかげです。
・高知のばあちゃんが倒れたので、1月中旬に車で見舞いに行く。今はとりあえずだいぶ忘れっぽくなったけど、電話もしてくるし、ぼちぼち小康。
---
続きは産後~